「パイナップリン」


吉本ばななさんのエッセイ集「パイナップリン」には、ダリオ・アルジェントに関する以下の記述がある。


 「見る人が見れば、私の作品はイタリアのホラー映画監督、ダリオ・アルジェントの映像にそっくりだということが、すぐにわかってしまう。文章と映像を比べるのも乱暴な話だが、私はいつもああいう映像を頭の中に描きながら、ああいう世界に近づこうとしながら書いている。「サスペリア」の頃からずっと、彼と私の生涯のテーマがよく似ているのを私は肌で感じていた。それから、私の心象風景を映像にしてくれるのはあの人だけだ、自分の心を目で見るのはとっても快いことだ。それを文章に直すのとはまた違うわかり方で、自分の好きなことがとてもよくわかってくる。A・ロメロとダリオ・アルジェントの「ゾンビ」のようなものをいつか描くのが私の夢だ。あまりに作風(っていうか、何ていいましょうか)が違うので表現するのがむつかしいけれど、あの、人間関係の感じ、閉じ込められた感じ、巨大なスーパーマーケットや、人気のないその通路のしんとしたイメージ、曇っている天気の具合、こわさ、スリル、生と死のドラマ、色彩、向上心のあり方、人間の品格についての考え方、生命力によせる作者の信頼の強さ・・等々が私の理想にぴったりと合っていて、見たのは中学生の頃だったが、未だにあの感動を胸に抱いている」

 「私は苦節10年、先日、ついに、私の神であるダリオ・アルジェント監督を見た! 生の本人をだ。私にとってこれがどれほどすごいことか、わかっていただけるだろうか。「サスペリア」で出会ってきっかり10年、私は彼の映画をどれだけ観ただろう。くりかえし、くりかえし。新作が来るたびに必ず先行オールナイトに行き、誰よりも早く、熱中して観続けた。はっきり言ってすごく影響を受けている人だ。5年前「フェノミナ」の時は来日を知っていたがバイトが入っていた。そして今回彼の新作、「オペラ」という映画を観るためにファンタスティック映画祭に出かけていったら、お忍びで来ていたのですね。映画の前に本物の彼が歩いて舞台に出てきた時、私は本当にひとすじ涙が出たよ。映画も最高だったし、いい秋だ。私はイタリア語を習い、いつか彼に(彼はイタリア人だ)直接この10年間の想いを伝えようと固く心に決めたのであった」

 吉本さんは以上のように書いているが、まったくもって同感である。アルジェントは不思議だ。彼のファンは映画が好きなだけでなく、イタリアまでも好きになってしまう。第1回東京国際ファンタスティック映画祭のオープニングで『フェノミナ』が上映された際、アルジェントが初来日した。アルジェントが来日するというニュースを知ったとき、私は思わず心臓が高鳴るのを感じた。映画祭当日、アルジェントのいる控え室にサインをもらいにいき、握手をしてもらった。私にとってはまさに神との出会いのようだった。中にはサインをもらって思わず泣き出すものもいた。もっとも、アルジェント自身、ばななさんが自分のファンだということを誇りに思っているようである。