Also Known As: Creepers (1985) (US title) |
1984 Color |
監督:ダリオ・アルジェント |
ジェニファー・コルビノ:ジェニファー・コネリー |
制作期間:1984年5月ー9月 キネマ旬報掲載:紹介918号、批評919号、グラビア913号 |
チューリヒ郊外の田園地帯。1人の女性旅行客がツアー・バスに乗り遅れる。ベラという名のその娘は森の中に入り、ある別荘風の家に入った。静まり返った部屋に、突然、彼女の悲鳴があがった。首にいきなり鎖が巻きつき、手にハサミが突き刺さった。必死で戸外へ出た彼女だが、力つきて殺される。滝つぼに切断された彼女の生首がゆっくりと落下していく。 ジェニファーは、ある夜、ホタルに導かれて犯人のものと思れれる手袋を薮の中から発見した。その甲には、やはりウジが群がっていた。マクレガーは死肉を好むそのウジの成虫であるサルコファゴスという黒いハエの嗅覚を便って死体の隠し場所をさぐろうとした。昆虫と話せるジェニファーがハエを入れた箱を携える。やがてハエはベラが殺された場所ヘ来ると急に興奮し始めた。解き放たれたハエは別荘風の家へ入っていった。ジェニファーも恐る恐る入るが、そこで彼女は不動産会社の管理人に空家荒らしと間違えられ、追い返されてしまう。しかし、その男も彼女も気づかなかったが、その家の地下室にはウジのたかった片腕が、転がっていた。殺人鬼の魔手はマクレガーにも追っていた。閉め出されたインガの鳴き声を聞いて階下へ降りようとした博士の腹に槍が深々と突き刺さった。ジェニファーはその特殊能力のゆえにクラスメートからからかわれる。ジェニファーは身の危険を感じ、父の秘書に連絡し、寄宿舎を逃げ出した。だが、ブルックナーに見つかり、彼女の家へ軟禁されてしまう。ブルックナーはジェニファーに薬を飲ませようとするが、ジェニファーはそれが毒だと気付き、バスルームで吐き出す。バスルームではウジが発生していた。ブルックナーはそこで恐るべき正体を現した。 |
『フェノミナ』には木々が風に大きく揺られるシーンが何度か登場する。冒頭のタイトルバックもそうだ。強い風が吹き続けている。『フェノミナ』の舞台はスイスのトランシルバニアと呼ばれる場所。住民の平衡感覚を乱すような特有の風が吹いている。風が人の心を狂わせる。二つの山の間からの風が恐ろしいぐらいの速さで吹き続けるのだ。 アルジェントは『歓びの毒牙』や『サスペリア2』のような推理ものと『サスペリア』のような超自然的な世界を描いた作品を発表している。『フェノミナ』は推理的要素と超自然的現象の両方を描いた新しい世界への挑戦だった。 アルジェントはある日、アメリカのある精神分裂病の患者が昆虫と意思疎通できる能力を持っていると報じた新聞記事を読んだ。またしばらくして、フランスに滞在しているときに、ある殺人事件のニュースをラジオで聞いた。警察が科学者に協力を求め、昆虫を使って犯人を発見することができたというニュースだった。アルジェントはこの二つの出来事を結び付けることができるのではないかと考えた。アルジェントは菜食主義者会議に出席するためにスイスに行ったとき、チューリヒは映画のロケ地には最適だと思った。アルジェントは車に乗ってあちこちを回っているうちに、それまで見たことのなかったスイスのドイツ語圏であるこの地方に魅了され、次の映画の舞台をここにすることに決めた。アルジェントはこの場所を、非常に寒く、異質で見せかけの優しさに満ちた場所だと感じた。 スイスに滞在中に催されていた光学関係の博覧会の名前から「フェノミナ」というタイトルが取られた。これが『フェノミナ』を作るきっかけとなった。 『フェノミナ』の脚本は『シャドー』が完成した直後の1983年9月に書き始めた。フランコ・フェリーニとの共同脚本。脚本はフェリーニの自宅で書かれた。脱稿は84年3月だった。アルジェントはアクションの多いパートと主となるストーリーを、フェリーニはストーリーと関連するエピソードを主に担当した。 アルジェントは映像的には今までの作品とは異なる方法をとろうと決めた。色彩を抑制し、冷たい感覚の映像を目指した。アルプスで撮影する映画でもあり、『サスペリア』や『インフェルノ』のような表現主義的な色彩は似合わないと考えたからだ。 『フェノミナ』は映像的にはドイツの映画監督、レニ・リーフェンシュタールの影響を受けている、とアルジェントは告白する。リーフェンシュタールは第三帝国時代に『民族の祭典』などを手掛けた名監督である。 アルジェントによれば、『フェノミナ』の構想は、恐ろしく、かつ尋常でない仮定から出発した。アルジェントはもし、第二次世界大戦でナチズムとファシズムが勝っていた場合、その数十年後の世界はどうなっていただろうか、と想像した。年月が流れ、人々は悲劇的な事件を忘れ、そのことについて話し合うことさえない。この地域は悲劇的な事件を忘れさり、人々はお互いに傷つけあい、ある種の秩序はナチを思い起こさせる厳格で邪悪なものだった。ナチの規律が現在の世界にもこうして残っている。アルジェントは、ナチは実質的に第二次大戦で勝利していたのではないかと思った。『フェノミナ』描かれている世界は強く統制され、学校はまるでビットリオ・デ・シーカ監督の1930年代の映画に出てくるものにそっくりである。女子生徒たちはそろってまじめで行儀がよく、20歳になっても小さな子供のように行動する。 |
脚本が完成した後、1984年に入って制作の準備が進められた。アルジェントは主役を演じる10代の女優を探した。2ヵ月半ほどアメリカでオーディションが続けられ、アルジェントは女優、リブ・ウルマンの娘であるリン・ウルマンがいいのではないかと考え始めた。リブ・ウルマンはアルジェントの尊敬するスウェーデンの映画監督、イングマル・ベルイマンの映画で有名な女優である。だが、リン・ウルマンはアルジェントの要求する演技能力を満たさなかったため、アルジェントは途方に暮れた。 ある日、アルジェントはセルジオ・レオーネの『ワンス・アポンアタイム・イン・アメリカ』のオーディションビデオを見て、偶然、ジェニファー・コネリーを見つけた。アルジェントはジェニファーを見てすぐに、『フェノミナ』の主演は彼女しかいないと直感した。ジェニファーは驚くほどに美しく、天使のようだった。彼女以外にアルジェントが映画で伝えたいことを表現できる女優はいない。「演技は見事であり、表情が力強いうえに中性的な魅力がある。ジェニファー・コルビノの役は清純でおとなしくなければならない。だからこそ、昆虫は彼女を恐れないし、愛しさえするのだ」とアルジェントはジェニファーを絶賛する。脚本の段階では主役をジェニファー・コルビノではなく、マルサ(Martha)・コルビノというイタリア系アメリカ人に想定していたが、ジェニファー・コネリーを主演に選んだことで、主役名はジェニファー・コルビノに変わった。また、アルジェントは主役の父親で俳優のポール・コルビノをアル・パチーノのような役者と想定していた。 主役を選んだ後、アルジェントは残りの配役を決定していった。マクレガー教授にはアルジェントが偉大な性格俳優だと絶賛するドナルド・プレゼンス、ブルックナー役には常連のダリア・ニコロディ、主任教師にダリラ・ディ・ラザーロ、スイス警察のガイガー警部にはパトリック・ボショーを選んだ。 |
ダリア・ニコロディにとって、『フェノミナ』は自分の好みとはまるっきり相反する作品だという。ニコロディは、自分はホラー映画が大好きであり、アルジェントは非常に優れた監督だと前置きしたうえで、『フェノミナ』について、「ある意味において自分のものとは認めたくない」と語っている。ニコロディは『フェノミナ』を美しい映画だと思っており、芸術的見地から価値がないと思うからではなく、映画の内容が身体障害者の問題に触れていることを批判している。いくつか記憶に残るシーンはあるが、エンディングで美しいものと醜いもの、良いものと悪いものとを明確に分けているため、すべてが台無しになっていると指摘している。 『フェノミナ』の殺人鬼は、奇形の子供とその身を守るために殺人を犯す彼の母親である。「この映画では善人は金持ちで美しく、悪人は醜く貧しい」。ニコロディには、『フェノミナ』が極めて保守主義的な作品で、ダリオの著しい後退に思えた。ニコロディにとって、「アルジェントは愛した作家であるが、少なくとも、彼がこのような道を進みつづける限り、彼とは一緒に仕事をしたくない」とまで語っている。 こうしたニコロディの批判に対し、アルジェントは「恨みは言いたくない。わたしが描くのは精神の奇形であり、肉体の奇形ではない。ブルックナーは邪悪な女性で、本当の狂人は彼女であり、息子ではない。哀れな生き物を鎖で壁につなぎ、家に閉じ込めたのも彼女だ。より凄惨な結末は息子ではなく、彼女に起きる。彼女の息子は、湖に消えてしまうだけである」と反論している。 |
ラストでダリア・ニコロディの顔に切りかかるチンパンジーの腕やカミソリは本物である。刃は鋭利ではなかったが、ダリア・ニコロディの顔には傷が付いた。また、そのシーンの撮影直後、チンパンジーは急に凶暴になり、ジェニファー・コネリーと向かい合うやいなや彼女の指を噛んだ。ダリア・ニコロディは「わたしは命がけで映画作りに貢献してる」と語っている。 ラストシーンのあと、チンパンジーのインガはなかなかジェニファー・コネリーから離れようとしなかったそうだ。アルジェントは「インガを演じたチンパンジーはメスだが、ジェニファーを好きになってしまったようだ」と語っている。 |
出演者の大部分は、自分自身で英語版の吹き替えをした。イタリア語版における「ジェニファーは〜リヒャルト・ワグナー学校に入学した」というナレーションはアルジェント自身が担当している。 米国公開では「CREEPERS」と改題された。アルジェント自身はこのタイトルを気に入っていない。 ジェニファーのルームメイトのソフィーを演じたフェデリカ・マストロヤンニは、俳優マルチェロ・マストロヤンニの弟であるルッジェロ・マストロヤンニ(フェリーニ作品などを手掛ける有名な編集者)の娘である。 ジェニファーの部屋で夜につけっぱなしになっているテレビではゴブリンのライブが放送されている。 『フェノミナ』の撮影期間は8週間。うち6週間はスイスロケ、2週間はローマのデ・パオリス・スタジオで撮影が行われた。 日本では劇場にFM電波を流し、観客が持ち込んだFMラジオのヘッドフォンで映画の音を聴くというクランキー・サウンド・システムが採用された。人間の耳で聞くのと同様に録音がなされ、再生されたサウンドは通常の映画に比べて音の広がり感、距離感が優れ、いかにも現場にいるような感じがして恐怖感が増すというふれこみだった。 |
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昆虫と交信できる超能力を持った14歳の美少女が、スイスの郊外にある寄宿舎にやって来た。由緒ある建物は何やら不気味な雰囲気で、最近連続して起きている殺人事件にも関連がありそうだ……。イタリアン・ホラーの鬼才アルジェントが、美少女J・コネリーを起用して作り上げたサスペンス・ショッカー。 |
二階堂卓也氏はキネマ旬報増刊号において、以下のように『フェノミナ』を批評している。 「ヒロインが虫と交信できるアイディア、生首が飛ぶ残酷シーン、ウジ虫の湧く浴室、腐臭渦巻く死体処理プールなど見せ場は豊富だが、犯人の殺しの動機とブラックナーの性格描写の弱さのため、このジャンルにありがちなショックのためのショックづくりに終始して、単なる一過性の作品になってしまった」
フェノミナは単なる一過性の作品なのか
イタリアのヘビーメタルロックバンド、ラプソディーは4枚目のアルバム、レイン・オブ・ア・サウザンド・フレイムス(VICP-61578 )でフェノミナのテーマのカバーをしている。3曲目でフェノミナを引用しており、重厚なシンフォニックロックを聴かせてくれる。 |
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