|   心臓の鼓動を極度に大きく速くしたような音が、観るものの神経を脅かすように、追いつめるように響いてくる。やがて、さまざまな音が入り乱れ、騒音が極度に達したところで、今度は優しく美しい旋律が流れ出す。黒地に白のクレジット・タイトルに被ってナレーション。(スージー・バニオンは、ヨーロッパの由緒あるバレー学校に留学して、その技を完壁なものにしたいと思い、フライブルグにある、有名なアカデミーを選んだ。ニューヨークのケネディー空港を朝9時に発ったスージーがドイツに到着したのは、夜の10時40分であった。)ドイツの空港。大きな荷物を抱えたスージーの背後から、同じ飛行機から降り立ったらしい乗客たちが、一斉に歩いてくる。前方にあるガラスの自動扉の方を、何となく不審げに見ながら歩いてくるスージー。ガラス扉から、赤い服の女が一人出ていった。外は風が強そうだ。不思議なことに、人の気配というものが全くない。自動ドアが開くと、不意の強風のために、襟元をを飾っていた紫色のスカーフがスージーの首に巻きついてくる。外は嵐だ。風雨に耐えながら車を求めて往来に立つスージー。彼女の後からはだれも出てこない。  やっと止まってくれたタクシー。だが「エッシャー・シュトラッセ」と行く先を告げても、わかっているのかいないのか返事がない。滑り出す車。 スージー「どのくらい降っているの?」
 運転手「30分前から」
 
  車窓から外を見ると濁流があふれ出している。赤や青の光の点滅につれて、運転手の顔も、フロント・グラスに映るスージーの顔色も、さかんに降りしきる雨も一様に、色光を浴びて変わっていく。林の中をただ1台、走ってくる車。光を浴びて、雨は針を連らねたように、輝やきながら降り続ける。重苦しい音楽の中、画面いっばいに立ち塞がる形で学校の建物。えんじ色と金色を配した、そのどっしりした建物は、雨の夜に、ひどく現実ばなれして浮かび上がる。スージーは車を降りると、万一を考えて運転手をその場に待たせておくことにする。突然、玄関の扉が開き、若い女が飛び出してきて叫ぶ。「秘密、扉の影で、3本のアイリス、青いのを回すのよ」そのまま激しい雨の中を駆けていってしまう女。 
 
 
 スージーはびっくりするが、今はそれどころではない。インターホーンに向かって「スージー・バニオンです。今、ニューヨークから着いたんですけど」
 声「知らないわ。帰って」
 スージー「手紙も持ってます。ひどい雨なの、入れて下さい。そうすれぱ」
 声「帰りなさい。帰って」
   いくら頼み込んでも一向にとり合ってくれない。どういうことなの。雨の中で全身濡れねずみになったスージーは、しかたなく、待たせておいたタクシーに戻る。雨の中、林の中を1人駆け抜けていく女。さっきの女だ、車の中からそれを見つめるスージー。 
						   女は、水たまりを踏んで、ある建物を目ざしている。  女が着いたのは、妙に色とりどりのアラベスクや幾何学模様の壁に囲まれた大きなホール。高い天井には、鮮やかな色のステンドクラスがはめこまれている。女は終始おびえたように後を振り返りつつ、エレベーターを待つ。 
 
 
 
 
 
 
 
 青白いライトの部屋。蒼ざめた女2人。友人の部屋に逃け込んできた、という格好の先程の女が、タオルで濡れた髪をぬぐっている。
 ソニア「ソファに座ったら?パット。好きなだけいていいのよ」パット「ありがとう。でも朝には発つわ。そして2度と帰ってこない」
 ソニア「大げさねえ、学校を追い出されたぐらいで。あたしなんか幼椎園の頃から退学なんか馴れっこよ」
 パット「違うの、そんなことじゃないのよ。退学処分ぐらい何とも思っちゃいないわ」
 ソニア「ならどうしたのよ?」
 パット「言ってもわかってもらえないわ、あんまりバカげていて。悪夢みたいな話で、何しろあたしは一刻も早く   ここから脱け出したいの。バスルームを借りていい?体が疲れてるの」
 何の脈絡もない色々な模様が壁に散っているバスルーム。
 入ってきたパットは、何かの気配に耳をすませているかのように、そこに佇んだまま動かない。外は相変わらず、ひどい荒れ模様だ。突然、大きな物音。風をアレンジしたような音楽。悲鳴をあげるパット。ソニアがあわてて駆けつけてくる。
 ソニア「窓よ。ねえ、ただの風じゃない…それがそんなに怖かったの?あなた具合が悪いのよ……あたしに全部話してみたら」
 パット「窓がガタンって、怖かったわ」
 ソニア「それだけじゃないでしょ?何を一体そんなにおびえてるの?…いいわ。あとで話してくれるわね?」
 
  ソニアが出て行って、又1人になったパット。窓に近づいて行き、手をかけようとする、ひっこめる。又開けようとする。電気スタンドを近づけて、こわごわのぞき込む。窓の外には、薄もののランジェリーとストッキングが干してある。そこに重なる自分の蒼白な顔。瞬間、金色に光る2つの目。叫ぶパット。ガラスを突き破って伸びてくる片腕。 
 
 
 
 
 
 
 
 
  パットの頭を掴むと窓ガラスに押しつける。もがくパット、どうすることもできない。ぐんぐん押さえつけてくる腕。毛深く、爪にはマニキュア。押しつぶされたパットの歪んだ形相がガラスにへばりつく。扉を叩いて叫んでいるソニア。ガラスが割れ、一瞬解き放たれたように外に踊り出るパット。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  すかさず襲ってきたナイフの一閃。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  パットの腹を突きまくるナイフ。建物中喘ぎながら駆けまわるソニア。月と鼻孔から出血しているパット、ロープをたぐる手。またしてもナイフの一閃。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  筋肉がめくれ、あずき色の臓物が鼓動している心臓にとどめの一突き、断末魔の悲鳴。助けを求めようとしてか、階段を駆け降り、ホールに立つソニア。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
  真上のステンドグラスが割れ、ロから血をしたたらせたパットの首が・・・ 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  と次の瞬間、長いロ−プにくびれたパットの死体がぶら下がってくる。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  全身から流れ出した血が足を伝う。床にできた血だまり。その傍らで…大きなガラスの破片を、額と鼻頭に縦にめり込ませ、ステンドグラスの骨組のパイプに心臓と子宮を串ざしにされたソニアの惨死体。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
						   昨夜の嵐がうそのような朝。バレー学校に、黒いスーツにネククイ、黒いサングラスをかけた盲人が、盲導犬に引かれてやってくる。彼は、この学校でレッスンのためのピアノを弾いているダニエルだ。ダニエルが入ると、続いてやってくるスージー。初めて入るバレー学校の中。紺色のホールで、大ぜいの生徒が、男女こもごも三々五々集まっている。スージーの応待に出る、大柄でがっしりした体つきの中年の女。髪を結い上け、白いプラウスに黒のスーツは、どことなく軍人を思わせる。  スージー「スージー・バニオンです」 タナー「夕べ見えるかと思ってました。お手紙を出しておいたでしょ?」
 スージー「きのう10時頃着いたんですけど。あの、玄関に鍵がかかっていて、インターホーンに出た方が、わたしのことがど知らないって、入れてくれなかったんです」
 タナー「だれが出たんです?」
 スージー「さあ名前を言いませんでした」
 タナー「まあ、ともあれようこそ。私はタナー、教官の1人です。いらっしゃい、副校長のブランシュ夫人にご紹介しますわ。とても有名なバレリーナだったのよ。ブランシュさん」
   副校長ブランシュ夫人は、タナーとは逆に華やかな装い。何人かの男−刑事たち−に囲まれて話しているが、こちらにやってくる。気味の悪いほどエメラルド色の瞳。身につけているアクセサリーもすベてエメラルドである。  ブランシュ「きれいね、ほんとにおきれいだわ。あの人たち警察の方なの。何年か前ニューヨークで、あなたと同じバニオンという名の婦人を知ってましたわ。キャロル・バニオン」 スージー「叔母です」
 ブランシュ「そうだったの。素敵な方ね。芸術家のよき友であり、後継者でいらしたわ。ようこそ、このアカデミーヘ。校長に代って言わせていただくわ。残念ながら彼女は、海外旅行中で留守なのよ」
   階段の下に、ブロンドの10歳ぐらいの少年が座っているのを見て、「アルベルト、上で待っててちょうだい。(スージーに)甥なのよ。とても可愛がってるんですの。ごめんなさいね、何だか落ち着かなくて。あの方たちとまだお話が残ってるの。とても怖ろしい、いやな事件が起こったんです。きのう不品行で退学処分にしたばかりのパット・ヒンクレイという生徒が、昨夜、どこかの変質者に殺されたんです。ほんとにぞっとするわ…いつも生徒たちには注意してるんですよ、ねえタナーさん、友情以上のものに巻き込まれないようにって、…あなたのお部屋、まだ空いてないのよ。でも町に住んでる3年生の処に宿を見つけておきました。家賃はええと、1週50ドルだけど、そう高くはないでしょ?ここの寮費を払い戻しますしね。お世話は、ここにいらっしやるヴェテランのタナー先生にお願いします。彼女少し厳しくてぶっきらぼうに見えるけど気にすることないわ。私にだってそうなのよ。とても優秀な教官です」刑事たちのところに戻るブランシュ夫人。
 タナー「就学期間は3年。毎年度末には試験があります」 タナーに連れられ、階段を上りかけたスージーの耳に、刑事の1人の「その娘は、夜の11時頃学校を出たんですね?」という声が聞こえてくる。スージー「あの、わたしその人見ました。金髪で、茶色のレインコートを着てました」 刑事「何をしてましたか?」スージー「さあ、嵐の最中、ちょっと見ただけですから」
   階段を上り始めるタナーとスージー。 タナー「ここでは基礎は教えません。皆終えてきた人ばかりですから、ここは専門家を養成するアカデミーです」  階段の上から、盆を捧げた小使いパブロが下りてくる。大男で、出歯。どんよりとした目の動き。
 タナー「小使いのパブロです。実に醜いでしよ?いいのよわからないんだから。ルーマニア語しか話せないんです。あの笑い方を見てやって。入れ歯にしてから自分がハンサムだと思い込んでるのよ。去年歯肉炎を患ってね、歯を全部抜いちやったの。ある朝見たら上の歯がみんななくって、次の日は下もなかったというわけ」   こちらを振り返ったパブロ、ニタついているのか、立派な歯で口が塞がらないのか、とにかく不気味。 スージー「どこに行くんですか?」タナー「ロッカー・ルームよ。プールもありますから、いつでも泳いで下さい」
   ロッカールームのドアを開けると狭い室内は、レオタード姿の娘たちであふれている。タナーを見つけて告げ口にくる生徒それを罵る生徒、そしらぬふりの大多数。スージーが紹介されると、それでも一応は視線を投けてくる。中にはやはりアメリカからやってきた少女もいた。 タナー「あなたのロッカーはあそこ。シューズ以外はみんな揃えてあります。シューズは、今日だけ2足持ってる人に借りなさい。さあ皆さん、急いで、赤の部量に集まって下さいよ」   行ってしまうタナー。スージーが自分のロッカーに向かうと、上級生が寄ってきて話しかける。 オルガ「オルガよ。あんたの家主よ」スージー「あら。よろしく」
 オルガ「1週50ドルって話だわ」
 スージー「聞いたわ」
 オルガ「前金でよ」
 スージー「わかってるわ、もちろんお払いするわよ」
 オルガ「カッカしないでよね。ここの習慣なんだからさ」
 ちょっとびっくりしたスージー。
 スージー「だれかシューズを貸して下さらない?」
 サンドラ「いいわよ」
 スージー「よかった、ありがとう」
 サンドラ「買う気なら安くしとくわよ。50マルクでどう?」
 スージー「結構だわ。スーツケースにはいってるの。いやなら」
 サンドラ「いいわよ。だけどちゃんと返してよ」
   何だか妙に気の許せない連中ばかり。ぽんやりしていて、だれかのパッグを床に落として中床をぶちまけてしまう。ごめんなさい。 サラ「いいのよ。気にしないで。お金の話ばかりでびっくりしたでしょ」スージー「そうね。慣れてないから」
 サラ「わたしも初めの内そうだったわ。ここには妙な習慣がはびこってるの」
 ベンチに並んで腰かけて話している2人のところにオルガがやってくる。
 オルガ「SSSSSSSUZY!…・SSSSSSSSARA。Sで始まる名前は蛇の名前だってね」
 スージーをはさんでいがみ合うサラとオルガ。
 
						  真赤に塗られていく爪。ここは白と黒の花模様で囲まれたオルガの部屋である。マニキュアをしているオルガと傍らに立っているスージー。
 オルガ「来年卒業したら、ジュネーヴにある公立のバレー学校で教えるのよ。あんたはどうすんの?」スージー「さあ、アメリカに帰って、まだわからないわ。ああ、ありがとう。私の部屋、とても素敵だわ」
 オルガ「よかった。あたしたちうまくやってゆけるわ。あんたかわいいし」
 スージー「蛇の名前でも?」 オルガ「冗談よ。あんたサラみたいにすぐカッカしたりしないでしようね」 ベルの音。電話に出るオルガ。そこに、同じバレー学校の生徒で美少年のマルクが、スージーの荷物を運んできてくれる。スージー「明日取りに行ったのに」
 マルク「要る物があるんじやないかと思って」
 スージー「そうね。でもわざわざよかったのよ。ほんとにありがとう」
   すぐに背を向け行ってしまおうとするマルクを部屋に誘うが応じない。 マルク「学校に住んでるんで、その30分の内に夕食だから、僕」スージー「ほんのちよっとでもだめ?」
 マルク「だめなんだ行かなくちや。タ食に遅れるとすごく怒られるんだ」
 帰っていくマルク。オルガ電話の途中だがスージーに、 「彼が赤くなったの見たでしよ?かわいいでしよ彼、だけどあの人ねえ、だれにも、それにあのコ、部屋を借りるお金も寮費も持ってないのよ。だからあのタナーばばあなんかにアゴで使われてんのよ。もう何から何までいいつけるんだから」   意味深長な薄笑いを浮かペ、又電話に戻り、切る。 オルガ「だけどかわいいわよね彼。パットもかわいそうに、あのコに惚れてたのよ。それがあんなことになるなんて、きのうパットを見たんだって?」スージー「ええ学校の外で、ヘンだったわあの人。ブツブツ言ってて」
 オルガ「退学にされておかしくなったんでしよ。だけど仕方ないわよ。えらくめんどうなコでさ」
 オルガの言葉をよそに、何かに思いをこらしているスージー。 「よく間きとれなかったけど、何か意味のないことを」オルガ「年中、人とけんかするし、トラブル・メイカーだったわ」
 スージー「秘密。アイリス」
 オルガ「なあに?」
 スージー「想い出したのよ。彼女、秘密って言ってそれから、アイリスとかライラックとかって」
   翌朝、学校。レオタード姿の男女生徒が待機している。 タナー「次の八人は、黄色の部屋に来ること」   ブランシュ夫人が、スージーに近づく。 ブランシュ「いい知らせよ。あなたのお部屋が空いたわ。素敵でしょ?よかったら今日にでも引越してくれば?」 スージー「よかったらオルガの処にこのままいたいんですが」ブランシュ「それは構わないけど、あなたが手紙で寄宿を望んでたのよ」
 スージー「わかってます。でも」
 ブランシュ「部屋が空いている、と言ってるのよ。望み通りになったというのに。好きなようにするといいわ」
   言い捨てて行ってしまう。代わりに近づいてくるタナー。 「あなたの意志が強いんで驚いたわ。一度こうと決めたら、決して変えないのね。えらいわ」  黄色の部星に向かって、赤い廊下を歩いていくスージー。窓際に、太って無表情な女の召使いが座って、先端のとがった大きなクリスタルをもっそりと磨いているが、その目はじっとスージーに据えられている。傍らにはアルベルト。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  通り過ぎようとするスージーの目にクリスタルに反射した光が妙に弦しい。その内に、まるで金の粉でも吹いたようにあたりを領する反射光。そのきらめきの中で、まるで画のように静止している召使いとアルベルト。確かに笑っている少年。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  めまいを感じるスージー。額に冷汗が浮かんでくる。吐き気をおさえて歩き続ける。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  黄色の部星。自いレオタードの男生徒。黒いレオタードの女生徒。中央で講義しているタナー。「きょうはニジンスキーの好んだステップを勉強しましょう」スージーは、あの廊下を通って以来まだ気分が悪い。貧血でも起こして倒れそうだ。男生徒と女生徒は交互にフロアに踊り出していく。次は自分の番だ。どうしよう。 
 
 
 
 
 
 スージー「タナー先生。少し休んでてもいいですか?」
 タナー「何を言ってるんですか、簡単なステップよ。きょうが初めてのレッスンでしょ。あなたの技量を知りたいわ。さあ出て来なさい、さあ」
 
 やむなくフロアに出るスージー、体は思うように動かないし、気が遠くなりそうだ。「スージー、足をあげて,大きく大きく、上半身を回す。ほら、1、2、3、4。1、2、3、4」
 
 
  鞭打つように聞こえてくるターナーの声がだんだん遠くなって、爪先立ちのまま床に倒れてしまうスージー。鼻と口から血。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  白い寝巻を着てペッドに寝かされているスージー。タナーが大きな水差しから、いやがるスージーを抑え込むようにして薬を流し込んでいる。 
 タナー「お医者様の言われたことを聞いたでしょ。出血で失った血液を取り戻すには、このお薬を摂らなくちゃならないのよ、ねえヴェルデガスト先生」その通り、と答えた医者も又、何となくうさん臭そうな小男だ。そこに入ってくる副校長。
 
 
 
 
 
 
 
  プランシュ「大丈夫あなた?」 スージー「ええ、よくなりました」
 医者「稽古のせいです。急に激しい運動をしたので、靱帯に亀裂がはいって、その結果の貧血です」突然左の腕に痛みを感じてうめくスージー。医者が、前ぶれもなしに注射針を刺し込んだのだ。部員を見回すとちゃんとスーツケースが持ち込まれている。不審顔で、
 
 
 
 スージー「だれが、だれがわたしの荷物を運んできたんですか?」ブランシュ「オルガよ。どうして?あなたが倒れたりて聞いてすぐに取りに戻ってくれたのよ。それに50ドルもまるまる返してよこしたわ」
 スージー「どうしてそんなこと。だってわたし、わたしは」
 医者「今は安静にしてなきャいかんよ。又、こんなことがあったら、すぐ電話するんだね。タナーさん、1週間は消化しやすいものを食べさせること、果物はいけません。(スージーに)赤ワインが好きかね?」スージー「ええ」
 医者「よろしい。食事の度に赤ワインを一杯飲むんだね、増血になる」
   夜、サラが訪ねてきた。 サラ「わたしたちお隣り同志よ。引越してきたんでしよう」 スージー「無理失理に連れてこられたのよ。オルガが荷物を運んできて、わたしを放り出したわけ。わたしの病気を何かの伝染病とでも思ったんじゃない。子供じゃあるまいし、寮生活なんていやだわ」 サラ「あなたずいぶん元気になったのね」スージー「ほんと、何事もなかったみたい。ヴェルデガスト先生のおかげよ」
 サラ「ヴェルデガストが診に来たの?」
 ドアにノックの音。パブロが、盆を捧げて入ってくる。傍らのテープルに盆を置こうとして、そこにあるサラの時計付きライターにじっと目を注ぐ。出て行くパブロ。
 スージー「ライターに気をつけた方がいいわ。パブロとても気に入ったみたい」サラ「そうね。だけど彼は盗みなんかしないと思うわ。少なくともね。あなたはここで食べるの?」
 スージー「そうなの。会餌療法なのよ」
 サラ「それなのにワイン?」
   夕食15分前を告げるベルが鳴り、出て行くサラ。1人鏡台に向かい、髪をとかし始めるスージー。今夜も風が強く、窓が鳴っている。頭の奥が何かむず痒い。気にするスージーが、髪の毛の奥からつまみ出したものは、白くおぞましい蛆。ぞっとして櫛を見ると、黒い櫛の目に3匹の蛆がのたくっている。見上げた天井に、びっちり一面の蛆。その頃になって、他の生徒たちも悲鳴を上げながら廊下に飛び出してきた。その彼女たちの上に、なおもぽとりぼとりと落ちてくる蛆虫。ブランシュ、タナーもあわてて駆けつけてくる。「天井裏だ」とマルクが言って、タナーと2人で探索に出かける。「だれも来させないで」。薄暗い屋根裏部屋。その床も一面の蛆で白んでみえる。マルクのバスケット・シューズと、タナーの靴がそれらを踏み殺しながら進む。蛆は、ある木箱からわき出している。近づいていく2人。そっとフタに手をかけ、開ける。黒い大きなソーセージの塊に群がりうごめく無数の白い蛆虫。
 
  白い壁に、ビアズレーのガラス絵がはめ込まれ、青、赤、黄の寄怪な花と、町の絵がプリントされている副校長室では、プランシュが、被害を受けた生徒たちを前に謝罪している。輸送されてきた時点で食べ物がすでにいたんでいたらしいというのだ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  プランシュ「明日になったら、朝の内に、くん蒸消毒を、私の貴任で行います。で、とりあえず今夜は、稽吉場にベッドを作ってもらって、みんな一緒に泊まりましよう」 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
						   広い稽古場をシーツをつなげた幕で仕切って、こちら側に女生徒が休む。並べられたベッドにもぐり込みながら、時ならぬキャンプ・ムードにざわめいている娘たち。その中を、生徒たちに言葉をかけながら見回っているブランシュとタナ−、今夜は、教師たち全負も学校に泊まるという。スージー「先生方もここに住んでるの?」 サラ「町よ。夕食が終わって9時半には必ず帰るわ、すごく正確にね」   灯が消される。境い目の幕は、ライトで真赤になる。その上からスージーにキスを投げてくるマルク。  キャロライン「あのコあんたに夢中ね」 スージー「そうかもね」
 キャロライン「だけどヘンだな。噂じやあのコは。別にあたしゴシップ好きなわけじゃないけどさ」
 サラ「あんたあのコを口説いてフラれたっていうじゃない?」
 当然、口論が始まる。その内に、皆寝静まって。スージーはなかなか眠れない。彼女たちの枕元、真赤な背景の中に何者かが、重そうに体を動かし、ベッドに横たわるシルエット。
 やがて不気味な音が低く聞こえ始める。呻くような、苦しそうないびきのような、とぎれとぎれの。  サラ「スージー、寝ちやった?」 スージー「いいえ、どうしたの?」
 サラ「あのいびき聞いて?ヘンな音でしよ?どこからくると思う?」
 スージー「男のコたちの方から」
 サラ「ウソツキ!あいつらウソついてたんだわ。校長はいるのよ。あれは彼女だわ。あのいびきは校長だわ!」
 スージー「どうして?」
 サラ「去年わたし、最上階の客間の一つに寝泊りしてたことがあったの。ある晩とても遅く、だれかが隣りの部屋に入ってきて。それで同じヘンないびきを間いたのよ。あんまりへンなので忘れてないわ。ホラ、あのびゅうびゅういう音。次の朝ブランシュ夫人が、校長が隣りの部屋に泊まったって教えてくれたの。あれは校長よ。ここにいるんだわ。あのシーツの向こうに」
 
						   朝はいつも、盲導大に導かれたダニエルの訪れで始まる。ダニエルは校内に入る。残るシェパード。向こうから、買物カゴを下げた例の太った召便いとアルベルトが、並んでやってくる。2人ともじっと犬の方に目を据えたままで。廊下では、ブランシュ、タナーを始め数人の生徒がたむろしている。蛆虫の駆除は早朝に終わった。 サラ「タナー先生、タべ校長がお泊りになりましたわね?」タナー「いいえ、今ご旅行中ですよ。多分2週間後に、ちょっと帰られるわ」
  彼らの会話の中に、犬の吠える声、子供の泣き声や、大人の叫び声などが混じってくる。黄色の部屋。レッスンが始まっている。「止め!止め止め!」突然タナーはいうと、ダニエルに向かって「あんたのいやらしいあの大が、アルベルトに咬みついたんだよ!アルベルトの腕の肉を喰いちぎって!」
 ダニエル「何ですって?」タナー「あのケチな犬が子供に大怪我をさせようとしたんだ!あんたも病院に行ってみたらいい、血は見れないまでも、子供の泣き声ぐらい聞けるよ!」
 ダニエル「もうたくさんだ。僕の犬はおとなしくって、人を咬んだことなんかない、子供がまず犬に悪さをしたんだ」 タナー「いまいましい犬ころめっ。今度学校に近づいてみろ、ブッ殺してやる」ダニエル「そんな言い方は許さんぞ!」タナー「出てけ!お前もあの犬も!」ものすごい剣幕で、ダニエルの白い杖と上着を放り出す。手探りで出て行こうとするダニエルも黙ってはいない。
  ダニエル「クソばばあめ!出てってやるよ。だが忘れるなよ。オレは目が見えないが耳は聞こえるんだ。耳は聞こえるんだよ。(扉口から1歩踏み出して)ああいい空気だ。こんな呪われた所にだれがいてやるもんか!」 
 
 
 
 
 
 
 
 夕方。サラとスージーが話していると、叉、パブロが夕食の盆を持って入ってくる。いつまでこんなもの食ぺてなきやいけないのパブロ?ワインのアップ。しばらく後、スージーは眠い。
 サラ「聞いて!先生方がスケジュール通りに帰っていくわ」   階上にいくつかの靴音。 スージー「うん、でも学校を出てくんじやないみたい」サラ「何ですって?ねえ、起きてよ」
 スージー「帰ったんじゃないみたい。玄関は左の方なのに、あの人たちの足昔は右の方に。学校のどこかに」
 サラ「あんたは天才だわ。どうして気がつかなかったのかしら。帰ったんじゃなかったら、どこに行ったと思う?ねえ、起きてよスージー、スージー」
 スージー「すごく眠いの!なんでだろう。ごめんね」
 サラ「今につきとめてやる。最後の1人をつけて行けばわかることだわ。アリアドネ(ギリシャ神話で、恋人に糸のまりを与えて迷宮から脱出させた)の糸と同じよ。6、7」
   出て行くサラ。廊下に出るとカーテンが風にはためいている。その窓を通して黒い夜の庭に月のように円型の異形のものが宙に浮いている。   町のビール・ハウス。手に手にジョッキを持った半ズボン姿の男たちがテーブルの上で、靴音高く踊っている。その喧騒の片隅に1人腰かけているのはダニエル。ここで時間を過ごすのが、彼の日常なのだろう。やがて、ウェイトレスが近寄ってきて、彼を戸口へといざなう。親切に遇されているダニエル。外につないであった愛犬に引かれて、夜の町へ。白いレインコート姿の警官が2人、その後姿を見送っている。角を曲がると、駐車してあった1台の車から、何者か定かではないが白い顔が1つ、歩いて行くダニエルを見つめている。  立派なギリシャ風建造物に囲まれたかなり広いプラザに出るダニエル。人っ子1人いない夜の闇の中に、建物の白さだけが浮かび上がる。犬がやたらに吠える。「どうしたんだ一体?」まるで何者か怪しい者の臭いでも嗅ぎ出したかのように吠えたてる犬。「ほら、早く家に帰ろうったら」不安に駆られるダニエル。しきりに気配に耳を傾けている。神殿のような正面の建物の屋根には異教の彫像が施されている。いきなりバタバタバタと大きな音がして、その彫像のあたりからダニエルに向かって急降下するキャメラ。 
 
 
 「だれだ?」それは鳥だった。ハトが群れているのだ。「だれだ?」答える者はない。しかし今や、ダニエルにはわかる、身に迫る危機が。だれもいない。プラザのど真中に彼と愛犬のみ。
   突然!ダニエルに向かって咬みついてくる犬。敵はこんなに近くにいたのか!喉仏をくわえ込んではなさない犬。ダニエルの絶叫。ロから血を吐いてこと切れる盲人。  血にまみれたその肉を貪り喰らう犬。あわてて駆けてくる警官。いずこへとも知れず逃げ出す犬。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
						   ロッカー・ルームで。 キャロライン「ダニエルかわいそうに。死体はめちやくちやだったって」オルガ「おおかみ猟犬は怖いのよ」
 サソドラ「最初はパットがケダモノに穀され、次はダニエルが自分の犬に」
 キャロライン「ここには何かの魔力でも働いてるんじやないの?」
 オルガ「ハハ、じやあエクソシストを呼んで追っ払ってもらおうよ」
   副校長プランシュの部屋では、奇怪な花模様の壁の前で、ブランシュとスージーが向き合って座っている。ターナーは追い払われてしまったのだ。スージー「ここに着いた晩、パットを見かけたって申しましたわね?」 ブランシュ「ええ、そう聞いたわ」スージー「それと、何だか関連のない妙な言葉をぶつぶつと」
 ブランシュ「それは知らなかったわ」
 スージー「ええ、何の意味もなさないのでお話しなかったんです。雷も鳴って嵐の最中だったので。それにそれ程注意を払ってもいませんでした。たった2つの言葉だけははっきりと覚えています。〃秘密〃と〃アイリス〃です。意味はわかりませんが、大切なことじやないかと思って」
 ブランシュ「お手柄だわ。私にもその言葉の意味はわかりませんけど、でも一応警察に知らせておかないとね。あなたよく2日間も黙っていられましたね」   プールサイド。水着姿のサラとスージーが歩いてくる。 サラ「あなたのおかげでヤバイわ」スージー「どういうこと?」
 サラ「だって、パットはあの夜、建物の中にいるだれかに向かって話しかけていた。そしてそれが先生たちじゃないってことはみんな知ってる」
   プールに飛び込む2人。水の中で、サラ「だから連中はきっとそのだれかを探しにかかるわ」
 スージー「だからどうなの?」
 サラ「わたしはパットと親しかったのよ。彼女がわたしに話してた時に、急にあなたが現われて・…それで彼女怖くなって逃げ出したのよ。すでにヒステリックな状態になっていたところを殺されたのよ。インターホーンに出た声を覚えてなくて?…あれはわたしよ」
   平泳ぎからプール中央で立ち泳ぎに替える2人。その間の話し声は、すさまじい音響で中断されてしまう。やがて背泳ぎで帰っていく2人。サラ「おかしなバカげたことばかりで。パットは何カ月もノートをつけてたわ。出てく前にそれをわたしに預けたの。わたし一人だけに、フランク・メンデルって、今朝も会ってきたけど、とても親しくしてる人なの。彼にだけは話したわ。今夜あなたにも見せてあげる」  その夜、スージーは又も眠りに落ちている。サラが上に折りかぶさるようにして、必死で起こしている。
 サラ「起きて!スージー、起きて!ノートがなくなったの、盗まれたのよ」スージー「眠いわ…!」
 サラ「眠い?ねえ間いて、まだ1枚は残ってるのよ。身につけておいたの。見て!ねえ起きて見て!」
 スージー「何なのよ」
 サラ「一体どうしたっていうのよ?忘れてしまったの?これが、毎晩先生たちがどこに消えるのかを解く鍵になるのよ。夕べあなたが寝てしまってから書いたのよ。ねえあなたは魔女を知らないの?ねえねえ、お願い1人にしないで」
  その間にも、天井には例の靴音がする。見上げるサラ。スージーの部量にかかっている電球のフィラメントの緑色を通して、眠っているスージーと、おびえるサラ。やがてその緑色が消えて、急いで扉を開けて逃げ出していくサラ。恐怖におののき、振り返りながら赤い廊下を伝っていく、部屋着姿のサラ。何者かの手から逃れるかのようによろめきながら走っていく。赤の廊下の突き当たりの部屋を開けようとする。開かない。戻る。救いようなく逃げまどうサラ。サラが屋根裏にあがったところで、曲り角に影がよぎる。男か女か判然としないがマントをひるがえした後影。ナイフのフラッシュバック。青い照明の中に、ひきつったようなサラの恐怖の顔。暗闇に光る2つの目。と途端、ヒュッと風を切った剃刀がサラの頬をかすめる。頬に血をにじませながらも、あわてて近くの扉を開け、中に逃げ込むサラ。しかし壁に身を寄せて相手の襲撃を待つしかない。
  ドアの隙き間から差し込まれるペイント・ナイフ。フックをはずしにかかる。絶対絶命のサラ。どうにか逃げ道はないかと、おろおろあたりを見回していたサラの貫に、頭上の明かりとりの窓が映る。全体に青い色調の中で、そこだけが妙に黄色く暖かい。そこいらの鞄や箱を積み重ねて、必死に窓に近づこうとするサラ。その間も、敵は執念深く、フックをガチャつかせている。サラの身体が窓に届いた。ガラスが割れた。サラの目に、開いたドアが映る。思い切って飛び込むサラ…。 
 
 
 
 
 
 
  待っていたのは針金の海だった。針金の幾千もの輪の中に捉えられてしまったサラ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  もがけばもがくほどまるで生きもののように絡みついてくる針金、その銀青の世界。満身に傷を負ったサラの目に、黒い影が…。フイに扉の影から、黒手袋の手が現われ、サラの口を抑え、喉を切る。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ナイフが引かれ、めくれていく肉片。真蒼なサラの顔に毒々しい真赤な血。  翌朝、スージーの部星。サラの姿が見えないので、不安げなスージー。
 タナー「あの人は今朝だれにも告げずに出て行ったんです。荷物を整理してね!6時頃だったかしら。そうだね?」マルク「サラが?そうなんですよ!僕は彼女がホールに出て行く足音も聞いたし、車が出ていく音も間いたな。だれかを待たせてたんじやないかな?」スージー「まさか、そんなこと!」
 タナー「もし不満があるのなら、せめてだれかに、打ち明けてくれたらよかったのに。なんで泥捧みたいにコソコソ」
 
						   階段の下で、サラの友人というフランクに電話をかけているスージー。どうやらフランクも、サラの行く先を知らないようだ。 スージー「きょう、お時間を少しいただけません??ええ、彼女のこと、ほんとに心配なの。はい、行きます」   階段から降りてくるブランシュ、タナー、召使いの3人。3人とも黒い衣裳を着て、まるで喪服のようだ。 タナー「全員に尋ねてみましたが、だれにも知らせてないようです」ブランシュ「全く困るわ。なんでそんなことをしたんでしよう。ご家族の方たちから、お預りしている責任もあるし、ジュネーヴにいるお父様にお電話してみましょう。きっとそちらに行ったんだとは思うけど」
   『第6回精神医学会々場』と記された、現代的なビルディングの前。ごく当たり前の色彩のシーンは初めてといっていい。集っている参会者らしい人々。しかしここでも風は強く、あまりによい天気に木々の緑が映えて、顔色はいくばくか蒼ざめて見える。ベンチにスージーとフランク。 フランク「ジュネーヴのイタリア領事館にいる父親の処にも電話してみたんですが。週末で旅行中だそうで、だれも彼女のことは知りませんでした」スージー「わたしがなぜこんなに不安がってるか、ご存じですか?」
 フランク「ええまあ、しかし2人で気に病んでいるよりは、父親の帰りを待っていた方が。2人で合流したのかも知れないし。僕は彼女のことをよく知ってるんです3年前、僕の患者でした。ご存じでした?」
 スージー「いいえ、あなたが精神科のお医者様だってことさえ知らなかったわ」
 フランク「母親を失くしてから、神経衰弱気味でしてね。僕が治療にあたったわけです。彼女が回復してからも、つき合ってましたが。ところが最近、友だちに何かを吹き込まれたらしく、妙に高ぶってましてね。あなたじゃないでしょうね」
 スージー「いえ」
 フランク「それが突拍子もないことなんだ。彼女はあのアカデミーを、1895年に創立したのは、ヘレナ・マルコス、といって、ギリシャの移民で、故国で魔女と怖れられてきた女だということを発見しました。ご存知だとは思うけど」
 スージー「いいえ、だけど何だか、それと似たようなことをだれかに間かされたような。覚えてませんわ」
 フランク「まあそのことが、サラの想像力を掻き立てたんだな。19世紀の初め、マルコスという女性は、ヨーロッパの幾つかの国から放逐された。信心深い人間を迫害に駆り立てるような何か、を持ち合わせていたらしい。魔女の印に、背中に硫黄の匂いをつけられていたともいう。彼女は又、本も数冊ものしていて、その中に、仲間からは〃黒い女王〃と呼ぱれていた、とあります。ここに落ち着いてからも、多くの噂のタネだったらしい。それでもずい分多額の金を稼ぎ出して、あの学校を創りました。最初はバレーだけでなく、秘術も教えていたらしいが、こちらの方は長続きしなかった、というのも、1905年に、さまざまの迫害を受けた末に焼死したからです。これで魔女の話はおしまい。学校は愛弟子たちによって引き継がれ、オカルトの方は切り捨てられて、有名なバレーの専門学校となったわけです」
 スージー「魔女ってどういうもの?」
 フランク「僕は物質主義者で精神科医だから、最近の、魔術やオカルトの流行は、心の病いからくるものと確信している。不幸というものは、壌された鏡によって起こるものではなく、壊された心によって起こるものだ。あっ、ちょっと失礼…ミリウス先生!彼の方があなたの質間にうまく答えられる。彼は〃パラノイア、又は魔術〃という本の著者です」
   他に約束があるからと行ってしまうフランク。代りに白髪のミリウスが相手になってくれる。 スージー「あなたは魔女の存在を信じますか?」ミリウス「ええ。私は魔女といわれていた女性を数人知っています」
 スージー「ほんと?」
 ミリウス「私はこの現象について、ずい分長い間研究を重ねてきた。この分野は、現代の精神医学の重要な付加物ともいえるのでね。あなたは多少懐疑的になってますね?」
 スージー「ええ!率直に言って、信じ難いことですもの!魔女はどんなことをするのですか?」
 ミリウス「悪行、だな。芸術、秘術の知識により、彼らは非常な力を得て、物事や他人の人生のまともな行く末を変えてしまう、ただの悪意のためにね。目的は、自分らの利益。しかしそれは他人を傷つけて初めて得られをものなのです。彼女たちは、どんな理由にしろ自分らに楯突く人間に、災難、病い、死などをもたらすことができる。あなたは又なぜ、オカルトなどに輿味を?」
 スージー「友人が話してくれたもので、本も少し読みましたし。ヘレナ・マルコスのことはご存じですか?」
 ミリウス「無論ですよ。非常に有名だからなブラック・クイーンは。悪をなすに際だった才能を持っている。本ものの魔女です。彼女はこの町に生き、そして死んだんですよ」
 スージー「魔女たちの集まり、あったんでしょうか?」
 ミリウス「正確には、魔女の集会という。コヴンの中で、他の者の100倍もの魔力が便えるものがいれば、それが女王となる。蛇と同じことです、力はその頭に宿っている。長を失った集会は、頭のないコプラのようなものだ。害はない。今は人間たちはほとんどが懐疑的だが、魔術は未だに存在するのです。quandam ubique quandam semper quandam ab omnibus creditum est このラテン語の意味するところは、魔術は、いつでもどこでも世界中で事実として認識されるものなりということです」
 
						   スージーに課せられた食餌療法は未だに続いている。テープルの上にのった盆を前に、何事か思い定めた様子のスージー。スージーはマルクを探している。ところがマルクどころか、だれの姿も見えない。廊下でステンドグラスを磨いている召使いが一人。 召使い「みんなボリショイの初日を見物に出かけましたよ」スージー「どうしてわたしに何も言ってくれなかったのかしら?」
   心細くなったスージーは、フランクに電話をかけようとする。「いろいろおかしなことが起こってるんです。たとえばわたしの夕食にも」   ものすごい勢いで雷鳴がとどろいたかと思うと、電気が点減し、ついに停電してしまう。電話も通じない。部屋に戻ったスージーは、夕食の盆を持って洗面所に入ると、食物をトイレに流してしまう。ワインは、洗面台に。真白な陶器に、ワインの毒々しい赤が流れていく。洗面所の窓にはめこまれているステンドグラスの向こうで、なぜか灯が点滅している。不審に思ったスージーが恐怖心をおさえて窓を開けると、何か黒いものがいきなり飛び込んでくる。コウモリだ。スージーに襲いかかるコウモリ。振り払っても払っても、首筋を狙って、まとわりついてくる。床に落ちた。この無気味なケダモノは、今度はスージーの方に向かってヨチヨチと進んでくる。あまりの怖しさ、おぞましさにひきつるスージー。タオルをとると、コウモリの上からひらりと被せる。タオルの中でうごめく生物。スージーは傍らにあった椅子を持ち上げると思い切って振り降ろす!必死で叩きつぶすスージー。白いタオルにできた血の染みがだんだん拡がって…こんもりしていたタオルがだんだん平らになって。今は赤い模様のある白いタオルが床にあるだけ。   部屋に戻ると、急いで煙草に火をつけ吸い込むスージー。雨が窓を叩いている。足音。足音が聞こえる。サラの置いていった紙きれを手にするスージー。その間も足音は続いている。思いをこらすスージー。 「あの人たちは学校を出てないわ。玄関は左にあるはずなのに、足音は右に2、3、4、5、6、7。足音を数えれば行く先がわかるに違いない。…20」左から右へ移動する足音。手にサラのノートを持って、そっと廊下に忍び出るスージー。人気のない赤い廊下を静かにたどって行く。突き当たりのドアを開ける。雷鳴!黄色の部屋だ。壁に沿って数えながら歩いていくスージー。   ある廊下、人声がする。灯りがもれている。台所だ。2人の召使いが、庖丁を持って肉を切りながら喋っている。冗談を言っては笑い転げている。その前を駆けぬけるスージー。気配に気づいた台所の1人が、様子をうかがいに来た時には、カーテンの影に隠れたスージーの姿は見えない。又も数えながら進むスージー。  副校長の部屋に入ってくるスージー。足元を見ると、高価なじゅうたん。「じゅうたんだわ。それで足音が消えてしまったのね。でも、ここから他へ行く道がないと、おかしいわ」まわりを見回すスージー。プランシュ夫人のデスク。ピンクのソファ。ビアズレーのガラス絵。そして壁には建物の絵と赤、黄、青のアイリスの絵。その時、スージーの頭に、初めの夜に見たパットの姿と声がよみがえってくる。「秘密、扉の影で見たの!3本のアイリス、青いのを回すの。秘密、扉の影で見たの。3本のアイリス。青いのを回すの」
   赤、黄、青の3本のアイリスが絡まっている模様の前に立つスージー。青いアイリスの花に手をかける。回る。壁が割れて、入口が口を開ける。  1歩入りこむスージー。青いビロードのカーテンを掻き分けると、廊下が伸びている。つたとラテン語らしい文宇の模様とが、その青い色調の廊下を飾っている。やや歩いて行くと、廊下の行きつく先に部屋が見えてくる。ハッと身を隠すスージー。部屋の中には中央にブランシュ夫人が座り、それを囲んで、タナー、アルベルト、太った召使いら。こちらに背を向けているのは、どうやらパブロであるらしい。ブランシュが、何事か言っている。「だから言ったでしょ。あのアメリカの小娘を早いとこ始末しておけばよかったんだ!消すんだ、この世からあとかたもなく消えてしまえばいい!やっておしまい、いいね」
 タナー「今夜は何も飲み食いしていません」ブランシュ「だから消すんだ。あの女は、死ねばいい、死ねばいい、死ねばいい。ヘレナ、力を、お与え下さい!病いよ、病いよ、あの女を連れ去れ、災いとともに。死よ、死よ、死よ」
  儀式が始まる。赤い飲みものを飲み下し、パンのかけらを口に運ぶブランシュ。恐怖に凍りついたようになっているスージー。と、その時、アルベルトがつかつかと進み出て、パブロに何事か耳うちする。見つかってしまったのか? 
 
 
 
 
 
 
 
 
   パブロがやってくる。あとずさりするスージー。パブロは、サラのあの時計付きライターを掲げてやってくる。あとずさりするスージー、カーテンの影に身を隠す、と、何かにぶつかる、何だ?振りむく。あまりのことに声をのむスージー。  そこには、行方不明になっていたサラの死体が、釘で板に打ちつけてあった。すっかり変色し、美しかったサラの面影さえとどめていない。サラの惨死体は眼球にはピンを刺され、ロはあんぐり開いているので、悪鬼が笑っているかのようだ。そして血にまみれて、そこにもいたたまれないスージー。その上、ライターを手にしたパブロに、いつ発覚するかわからない。今も、彼女の目前を通り過ぎていくのだ。なおも後ずさりする……と、もう一つの扉が、…その扉を開くと、そこはこじんまりとした部屋である。 
 
 
 
 
 
 
 
 
  紺色の壁に囲まれ、数々の置き物や写真が、ところ狭しと並んでいる。一際目立つのは、ガラスでできた、大きな孔雀の置き物。そしてあのいびき。月明りに映える簿物のカーテンの向こうで、だれか休んでいる。気味の悪い、苦しげないびきをかきながら。あまりの恐怖に、傍らにあったガラスの孔雀を、手でなぎ払ってしまうスージー。孔雀は床に落ちて音をたて、1本1本の羽根はバラバラになって、それを飾っていたガラスの球がコロコロと床を転がっていくカーテンの向こうでシルエットがゆっくりと起き上がる。低くしわがれた声音が間こえてくる。「だれだ?そこにいるのはだれなんだ?あ、あ、待っていたよ。アメリカから来た娘だね。いつかはここに来ると思ってた。この私を殺したいのか?したいのかね?このヘレナ・マルニスを?このわたしを殺したいのかね?このヘレナ・マルコスをかんたんに殺せるとでも思っているのか?お前のようなものに簡単に殺せるぐらいなら、きょうまで140年も、こうして生きちゃあこられなかったろうよ。呪ってやる!呪ってやる、お前を呪ってやる、呪ってやる。さ、お前に死が近づいているんだよ。怖いか?お前はこのへレナ・マルコスを穀したいんだろう!地獄は裏のうしろだよ。さあ、死に会うんだ。今だ。生きながらの死に会わせてやる」 
 
  スージー、とっさに先のとがった、孔雀の羽の1つを拾い上げる。シルエットはすでにない。ガラスの羽をかざして、カーテンをひっぺがすスージー。ペッドにはくぽみが。人影は見えない。突然、置き物が、激しい勢いで壁にぶつかり始める。マルコスの声だけ聞こえる。境のドアが少し開いて。指が出てくる。恐怖の極点にあるスージー。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  急にドアがパタンと開くと、真蒼なサラの死体が、悪鬼のようなすさまじい形相のまま、ナイフをかざして飛び込んで来る。スージーは、サラと、カーテンの奥とを見比べる。ヘレナ・マルコスはどこにいる? 
 
 
 
 
 
 
 
  決意を固めたスージー。つかつかとペッドに歩み寄る。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  一瞬、何か電光のように、人の影が浮かび上がる。満身の力をこめて、ガラスの羽を降りおろすスージー。喉にガラスの刃を受けて、浮かびあがるヘレナ・マルコス。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  黒く焼けただれ、目鼻も定かでないその顔から、血液とは言いがたい、どす黒い粘液が泌み出してくる。その途端、背後で、どうと倒れるサラ。次の瞬間から、部屋の中では、テープルといわず、たんすといわずあらゆる物が、すごいスピードで移動し、壁にぶつかり始める。猛烈なポルターガイストの嵐だ。それを避けて、外に飛び出すスージー。 
 
 
 
  廊下に出ると、例の集会の部屋ではブランシュ、タナー、アルベルト、召使い、みなそれぞれに口から血を吐いてこと切れている。喉から血を流して、死んでいるパブロ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
  元来た廊下を駆け戻っていくスージー。彼女が行く先々で起こるポルターガイスト。崩れていく建物。あわてて階段を駆けおり、ホールの、玄関を飛び出すスージー。窓から火を吹いて炎上する学校。雨の中を安堵の徴笑をたたえて歩き出すスージー。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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