INFERNO
インフェルノ

Also Known As : Infierno (1980) (Spanish title), Feuertanz Der Zombies,Flammendes Inferno,Horror Infernal(German titles)

Mark: She writes poetry.
Nurse: A pastime especially suited for women.

Inferno

1980 Color (Technicolor)


According to a text by the Italian alchemist Varelli, three infernal deities live in three cursed houses, in New York, Rome and Freiburg.



[STAFF]

監督 : ダリオ・アルジェント
制作 : クラウディオ・アルジェント
製作総指揮 : サルバトーレ・アルジェント、ウィリアム・ガローニ
製作 : プロデューツィオーニ・インターサウンド
配給 : 20世紀フォックス
脚本 : ダリオ・アルジェント、ダリア・ニコロディ(ノークレジット)
撮影 : ロマノ・アルバニ
音楽 :
キース・エマーソン、ジュゼッペ・ベルディ(オペラ「ナブッコ」)
制作デザイン : ジュゼッペ・バッサン
衣装 : マッシモ・レンティーニ
編集 : フランコ・フラティチェリ
特殊効果 : ジェルマーノ・ナターリ、マリオ・バーバ(ノークレジット)
ガファー:アルベルト・アルティブランディ
音響効果:ルチアーノ・アンゼロッティ、マッシモ・アンゼロッティ
美術監督:ジュゼッペ・バッサン
水中撮影:ジャンロレンッオ・バッタリア
第1助監督:ランベルト・バーバ
第2助監督:アンドレア・ピアゼッシ
スチール:フランチェスコ・ベローモ
制作管理:ソリー・V・ビアンコ
スクリプト・スーパーバイザー:マリア・セレーナ・カネバーリ
ヘアメイク:ルチアーナ・マリア・コスタンジ、ジャンカルロ・デ・レオナルディス
メイクアップ:ピエラントニオ・メッカーキ
セット:フランチェスコ・カッピーニ、マウリツィオ・ガローネ
制作主任:アンドリュー・W・ガローニ、アンジェロ・ジャコノ
音響効果編集:アティリオ・ジジイ
音響技師:フランチェスコ・グロッピオーニ
ユニット・マネジャー:チェザーレ・ジャコルッチ
ブームマン:ジャンカルロ・ラウレンツイ
サウンドミキサー:ロマノ・パンパローニ
キーグリップ:アゴスティーノ・パスカレッラ
音楽監督:フェルナンド・プレビターリ
制作助手:アンナ・マリア・ガルビネッリ、サベリオ・マンゴーナ、ミケーラ・プロダン
コ−ラス指揮:ガエターノ・リチテッリ
フットウェア:ラファエル・サラート
音楽指揮:ゴッドフリー・サーモン
カメラオペレータ:イデルモ・シモネッリ
機材:E.C.E.(ローマ)
音楽レコーディングスタジオ:トラファルガー・レコーディング・スタジオ(ローマ)
パブリシティ:ルケリーニ・ジェルゴ
音響レコーディングスタジオ:インターナショナル・レコーディングズS.p.a(ローマ)
米国における制作サービス業者:シネレックス・アソシエイト(ニューヨーク)
宝石:ブルガリ
音楽出版:Bixio C.E.M.S.A (ミラノ)、L.B.G アーティスツ
タイトル:スタジオ・ベルジーニ

[CAST]

posterマーク・エリオット : リー・マクロスキー
ローズ・エリオット :
アイリーン・ミラクル
サラ : エレオノラ・ジョルジ
エリーゼ ・スタローン・バン・アドラー: ダリア・ニコロディ
カザニアン : サッシャ・ピトエフ
キャロル : アリダ・バリ
看護婦 : ベロニカ・ラザール
カルロ:ガブリエレ・ラビア
ヴァレリ : フェオドール・シャリアピン
ジョン(執事) : レオポルド・マステロニ
音楽大学の学生(メイター・ラクリマルム) :
アニア・ピエロニ
コック: ジェームス・フリートウッド
男 : ロザリオ・リグティーニ
影 : ライアン・ヒリアード
音楽の先生 : パオロ・パオリーニ
タクシーの運転手 : フルビオ・ミンゴッツィ
図書館司書 : ルイジ・ロドリーニ
老人 : ルドルフォ・ローディ

その他の情報

録音:ドルビー・ステレオ
フィルムネガフォーマット:35 mm
現像:テクノビジョン、スフェリカル、デラックス
フィルムプリントフォーマット:35 mm
画面比1.85:1
配給:20世紀フォックス(米国)、キービデオ(米国ビデオ)

ロケ地:米国ニュ−ヨーク市、イタリア・ローマ
撮影期間:1979年5月21日−8月
撮影スタジオ:デ・パオリス(ローマ)、エリオス(ローマ)
著作権保有者:20世紀フォックス(1980)

日本語版監修:岡枝慎二
公開日:イタリア:1980年2月7日、フランス:1980年4月16日、スウェーデン:1980年7月2日、西ドイツ:1980年9月12日、日本:1980年9月13日(丸の内東宝などにて公開)、英国:1980年9月、米国:1986年8月(米国:1980年4月2日との記録もあり)
時間 : 107分、米国106分
公開:FOX

配給関連:オーストラリア(ビデオ配給:Palace)、フランス(劇場配給: 20世紀フォックス、ビデオ配給:CBS/Fox)。ドイツ(劇場配給:20世紀フォックス、ビデオ配給:CBS/Fox)、ギリシア(ビデオ配給:Home Video Hellas)、イタリア(劇場配給:20世紀フォックス・イタリア、ビデオ配給: Domovideo-CBS/Fox;Club del Video)、オランダ(ビデオ配給:CBS/Fox)、スウェーデン(ビデオ配給: Media Transfer)。英国(劇場配給: Cinecenta、ビデオ配給: Fox Video、レーザーディスク:Encore)、米国(劇場配給: 20世紀フォックス、ビデオ配給: CBS/Fox、DVD配給: Anchor Bay)

キネマ旬報掲載:紹介795号、批評796号、グラビア793号

ストーリー

video sleeve ニューヨーク、4月。若い女流詩人のローズ・エリオットは、自分が住んでいる古いゴシック風のアパートに強い興味を持っていた。たまたま近くの骨董屋で買った本「3人の母」という本にその建物を指すと思われる記述があったからである。
 「3人の母」は、何世紀か前にバレリという建築家が書いた日記であった。彼は3人の魔女のために3つの館を立てたという。メーター・サスピリオルム(嘆きの母)はドイツに、メーター・ラクリマルム(涙の母)はローマに、メーター・テネブラルム(暗闇の母)はニューヨークに、それぞれ館がある。そのニューヨークの家に今ローズが住んでいるらしいのだ。ローズはことの次第をローマで音楽を学んでいる弟マークに手紙で知らせた。

 手紙をポストに投函したあと、ローズはアパートの地下室を調べ始めた。地下には水たまりがあり、ローズは自室の鍵を水の中に落としてしまった。その為、
ローズは水に潜り、鍵を拾うが、その時突然、死体がローズに向かって流れてきた。驚愕の末、ローズは自室へ戻る。


インフェルノのLD マークは、姉からの手紙を授業に封を切って読もうとした。だが、マークは
自分に視線を送ってくる女生徒の存在が気になってどうしても手紙を読むことが出来ない。講義が終ると手紙を机に残したまま、マークは女生徒の後を追った。マークが席に残していった手紙に女友達のサラが何気なく目を通した。「3人の母」の存在、奇妙な出来事。興味を覚えた彼女は図書館から「3人の母」を無断で持ち出そうとした。しかし、図書館の出口で道に迷い、出口を錬金術師のような男に尋ねると、本に気がついた男は彼女に襲いかかってきた。サラは本を投げ捨てて、必死の思いで自分のアパートへ戻った。一人でいることに不安を抱いたサラは同じアパートに住むカルロを部屋に招いた。だが、 カルロは何者かに首をナイフで刺されサラも同じナイフで背中を刺され、命を絶たれるのであった。その直後、マークはサラの部屋を訪ね、細かくちぎられた手紙と二人の死体を発見する。マークはニューヨークのローズに電話をするが、雑音で聞きとれない。

 一方、やはり電話が通じないローズは、自分の部屋に何者かが入ってくる気配を感じ、逃げることを決意する。ローズは日頃使われていない裏手の階段を駆け下りた。しかし、廃屋に迷いこんだ末、
何者かに首をガラスで切断されて殺された
 急いでニューヨークに駆けつけたマークは、管理人のキャロルに案内されて姉の部屋へ入った。だが、姉の姿は見当たらない。そこへ彼女の友人で同じアパートに住んでいるエリーゼがやってきた。偶然、二人は廊下の血痕を見つけてしまう。ローズに何かがあった、と感じた二人は部屋の裏手の階段を発見する。しかし、それを伝っていったマークは排気溝から噴き出したガスにやられて失神してしまう。後を追ったエリーゼは建物の最上階に追い込まれ、数十匹の猫に襲われた。

 翌日、意識を取り戻したマークは、再びローズの行方を探し始めた。そして、骨董屋のカザニアンを訪ねた。しかし、カザニアンからは何も情報を得られなかった。
 その夜、カザニアンは日頃から快く思っていない野良猫を袋に詰め込み、どぶ川へ捨てに行った。しかし、猫の入った袋を杖で水に沈めようとしている時に足を滑らせ、転倒。その彼に無数のネズミが襲いかかった。助けを呼ぶ彼に近くのホットドッグ屋のコックが駆け出して来た。だが、そのコックはなんとカザニアンの首に包丁を振り下ろすのだった。

 一方、エリーゼが姿を消したのをいいことにその財産を奪おうとしたキャロルとその執事も何者かに目をえぐられ、火にまかれ殺されてしまう。その火は燃え広がっていく。

 やがて、マークは本の中にある「第3の鍵は靴底に」というキーワードを解き、床を掘り起こして秘密の通路を発見する。その行く手に待ち受けていたのは本の著者のヴァレリ本人であった。マークが奥の部屋に進むと、看護婦がいた。
その看護婦は、メーター・テネブラルムその人であった。看護婦は本当の正体をあらわしたマークは必死の思いで館を脱出する。館は炎上していく。

ヘンゼルとグレーテル

 アルジェントが制作に関与した『ゾンビ』の撮影が終わり、監督のジョージ・ロメロがピッツバーグで『ゾンビ』の編集を行っている間、アルジェントは2カ月ほどニューヨークに滞在していた。史上最悪の天候となった冬のニューヨークで、アルジェントは大雪のために外出もできず、仕方なく毎日、窓からセントラルパークを眺めていた。そうするうち、アルジェントは次第に「暗闇の母」に関する物語のイメージを固めていった。アルジェントは次回の監督作を『サスぺリア』と似たタッチの映画にしようと決めた。1年半を費やした企画は、20世紀フォックスからの資本を得て、300万ドルの予算を投入することになった。

 『インフェルノ』の主人公が女流詩人であることからも分かるように、この映画における錬金術師とオカルト全般に関する知識はダリア・ニコロディによるものが大きい。ロマンティックな要素も色濃く出ている。『インフェルノ』は『サスぺリア』の単なる続編ではない。例えば、『サスぺリア』の撮影監督はルチアーノ・トボリだったが、『インフェルノ』はロマノ・アルバニが撮影を担当しており、この点で2つの作品は異なった精神を具現化している。

 『インフェルノ』ではニューヨークとローマが舞台となっている。ダリア・ニコロディは黒魔術が世界中に広がっていることを描きたかったため、全世界の中心ともいえるニューヨークと世界で最も格調の高い都市のローマを選んだ。

グラディエフ館はお菓子の家

 リー・マクロスキ−とアイリーン・ミラクルが演じた主人公の姉ローズと弟マークは、ヘンゼルとグレーテルの変型である。ただ、彼らが閉じ込められるのはお菓子の家ではなく、悪魔の仕掛けた迷宮だ。映画のなかでローズは骨董屋のカザニアンの店を訪れ、館の周囲から「奇妙な甘いにおいがする」と相談する。これはローズの住むグラディエフ館がお菓子の家を象徴していることを示していると解釈できる。『インフェルノ』では、あり得ないような絵空事を真実として信じ込むような子供の視点、子供の持つ純粋さや単純さが映画のカギとなっている。

  ローズがニューヨークで住む部屋はアパートの4階のエレベーターを降りて左、サラがローマで住む部屋もアパートの4階のエレベーターを降りて左である。また、ニューヨークのグラディエフ館の住所は49番地、ローマの古文書図書館もバニ49番地である。

ダリア・ニコロディはアルジェントの影

 ダリア・ニコロディは、『サスぺリア』では主役の座を追われたが、同じような経験をしたくなかったので、『インフェルノ』では脚本は自分で書きたいと思っていた。魔女シリーズはもともとダリア・ニコロディのアイデアが元になっており、どんなことがあっても脚本を書きたいと周囲に主張した。だが、脚本はダリオ・アルジェントが書くことになり、ダリア・ニコロディの書いた部分で最終的に映像になったのはエンディングと秘密の通路のくだりだけだった。

 当時、ダリア・ニコロディはダリオ・アルジェントの影のような存在で満足しており、できるなら自分の名前をクレジットから消してしまいたいと思ったほどだった。『インフェルノ』では脚本のギャラを払ってもらう代わりに、プロデューサーからはカリブ旅行を贈られたが、それで満足していた。

米国ではお蔵入り

 『インフェルノ』は欧州の多くの国々でヒットを記録した。ただ、米国では劇場公開されず、英国ロンドンではほとんど宣伝もされないまま、2週間で打ち切りとなった。

 『インフェルノ』の撮影はアルジェントを悩ませ続けた。毎日のように出演希望の俳優たちやフォックスの人々から回ってくるたくさんのメモはトラブルを何度も引き起こし、アルジェントはまるで「ロシアの収容所に監禁された気分だった」という。

 『インフェルノ』を撮影している最中のことだった。製作会社の20世紀フォックスで経営陣の交代があり、新しい経営陣は、旧経営陣の手掛けた映画をすべて排斥することにした。そのなかには『インフェルノ』も当然含まれ、『インフェルノ』は米国で公開されることはなく、お蔵入りとなったのである。アルジェントらがフォックスから権利を買い戻そうとしたほか、他の映画会社も権利の購入をフォックスに打診したが、フォックスは『インフェルノ』の権利を売却することはなかった。

 一見すると『インフェルノ』と『サスペリア』は共通したテーマを持った作品にも見える。だが、『インフェルノ』の主題は『サスペリア』と明確に異なる。『インフェルノ』は魔女ではなく、錬金術師の物語だ。

 『インフェルノ』では音楽にサスペリアのゴブリンではなく、プログレッシブロックグループ、エマーソン・レイク・アンド・パーマー(ELP)のキース・エマーソンを起用した。アルジェントは『サスペリア』とは違う種類の、より繊細な音楽が欲しかった。アルジェントは前からキース・エマーソンのファンであったが、たまたまキース・エマーソンのスケジュールの調整が付いたのだった。

ルイジ・コッツイ監督のデモンズ6について

De Profundis 『デモンズ6』の脚本は監督のルイジ・コッツイと女優ダリア・ニコロディとの共同で書き進められた。ダリア・ニコロディはサスペリアの共同脚本も担当している。デモンズ6の原題は『De Profundis』といい、『サスペリア』と『インフェルノ』の元ネタとなったイギリスの散文作家トマス・ド・クインシーの作品、『深き淵よりの嘆息』(Suspiria De Profundis)のタイトル後半からとられたものだ。

 『デモンズ6』は当初、『サスペリア』、『インフェルノ』に続く魔女3部作の3本目の作品として製作が始められた。ストーリーは、ある映画の撮影クルーが魔女、レバーナの映画を作っていると恐ろしいことに本物の魔女が現れて・・というもの。レバーナという名前もクインシーのこの作品に出てくる名前である。しかし、この映画が完成すると、監督のルイジ・コッツイは「三人の魔女の物語はこの映画の単なる素材に用いただけだ」と主張し、魔女3部作の最後の作品であることを否定した。おそらく、ルイジ・コッツイ自身、デモンズ6の出来がダリオ・アルジェントの魔女3部作の完結編としてはふさわしくないと考えたのかもしれない。

 『デモンズ6』は「黒猫」というタイトルも持っている。これについてコッツイは次のように説明している。「良い映画でなかったり、有名俳優が出演していない場合、プロデューサーは観客をだまそうとする。そこで、配給業者はタイトルをエドガー・アラン・ポーの黒猫とすることに決めた。たとえそれが嘘でもだ」。また、この映画には様々なトラブルがあった。「あるプロデューサーは金を持って夜逃げをしてしまった。映画界は無法者の世界だ。本当のタイトルは『De Profundis (深き淵より)』だったが、エドガー・アラン・ポー原作の映画2本とパッケージにされたために、タイトルが変わってしまった訳だ」とコッツイは嘆いている。

 1984年になって、ダリア・ニコロディはダリオ・アルジェントと自分の共同執筆で魔女ものの3作目の脚本が完成していることを明らかにしている。しかし、今もって3作目の製作は未定のままである。

バージョン違い

 日本で発売されているFOXのビデオはテレビサイズにトリミングされているが、ノーカットである。イギリスで発売されたPAL方式のLDはワイドスクリーンだが、猫がねずみを食べているシーンがカットされている。WOWOWで放映されたバージョンはノーカットでワイドスクリーン版。TBS系でのテレビ初放映時には、残虐描写が大幅にカットされた。その後、テレビ東京系列で放映されたバージョンはノーカットだったものの、女性の首つりのイメージカットは図書館の裏口のシーンに入れ替えられていた。

スティーブン・キングからの映画化の申し出を断る

 アルジェントは『インフェルノ』を撮影中の1980年に作家のスティーブン・キングと話し合いをもったことがある、キングのエージェントからアルジェントに連絡があり、時間を調整した。アルジェントはその当時、キングがどういう人物かをよく知らなかったが、キングの本を読んだことはあり、良い小説だと感じていた。キングはサスぺリアが大好きだと話し、自分の小説のどれかを映画化するつもりはないか、とたずねた。キングは自分の小説3本を挙げ、アルジェントによる映画化を希望した。だが、アルジェントは結局、映画化の話しを断った。その当時、アルジェントは自分のアイデアを実現させることに夢中になっており、原作ものを手掛ける余裕はなかったからだ。

もっとも純粋な映画

 井口健二氏はキネマ旬報796号158ページで、インフェルノについて、「結果は期待はずれだった。簡単にいってしまえば、仕掛けが大きくなってしまった分だけ恐怖感が稀薄になってしまったのだ」と評している。

 井口氏は米バラエティ紙のマリオ・バヴァの死亡記事を読み、そのなかに、バヴァが最近10年程は特殊効果に手を染め、その方面での遺作はこの「インフェルノ」だと書かれているのを見て、俄然この映画が見たくなったと書いている。井口氏は「怪奇映画の往年の名手バヴァと、今売れっ子のダリオ・アルジェントのコンビなら、相当の作品になっているだろうと思ったからだ。しかも20世紀フォックスの資本がバックに入っているのだ」との前提でインフェルノを見て、その結果が期待外れだったというのである。これはインフェルノが現実的なストーリーではないことに起因するものであろう。

  井口氏は続けて、「アルジェントの作品というと「サスぺリア」を思い出すわけだけれど、あのときはウジ虫にしろ、盲導犬に襲われるシーンにしろ、日常ありそうなシーンが実に怖かった。ところが今回は、発端の水の一杯にたまった地下室から、もうすでに現実から遊離してしまって、まるで恐怖感につながってこない」と指摘している。

 アルジェントの映画の特徴のひとつは、人々が潜在的に持っているであろう恐怖感、不安感を極度に増幅させて観客に提示するところにある。ガラス、自動ドア、エレベーター、鋭い刃物、暗闇、高所など、人々が過去に何となく怖い思いをしたことがあるような道具を用いて、恐怖感、いやな気持ちを増幅させるのだ。

 井口氏は「恐怖感がないこともさることながら、この現実との遊離が肝心のストーリーの方にも影響してしまって、後半に入ると話の現実味がまるで無くなってしまう。これでは恐怖映画を見ていてもまるで面白くないのだ」と説明する。確かに、サスぺリアよりもさらにインフェルノは現実的な映画ではない。そのため、観客は現実的な恐怖を味わうことがないと思える。

 「繰り返していうが、『サスぺリア』では前半のありそうな雰囲気が後半に持続されて、結末のかなり非現実的なシーンにすんなりと入っていける、上手い演出をしていた。それが今回は発端からその雰囲気をぶち壊してしたように思える」との井口氏の指摘ももっともである。

  インフェルノはサスぺリアと異なり、映画の冒頭から魔女の存在を観客に提示している。女流詩人のローズは冒頭で錬金術師バレリの著わした3人の魔女についての本を読む。インフェルノはこの本を主軸にしてストーリーが構成されている。インフェルノはファンタジーであり、魔女と錬金術師の映画であって、はじめから現実の世界を拒絶しているかのような映画だ。だが、現実的な恐怖を求める観客にとっては、インフェルノは絵空事のような映画に思えてしまう。

 井口氏はインフェルノが現実的でない理由について、「その原因が、例えば水没した地下室などの大仕掛けなわけだが、この部分が、いいかえればバヴァ担当の特殊効果シーンなのだと思うと、ちょっと残念な気もした」と書いている。この水没した部屋のシーンをはじめ、インフェルノには現実的な部分はほとんどない。インフェルノの姉と弟はヘンゼルとグレーテルの変型であり、魔女の館はお菓子の家の変型だからだ。インフェルノは童話なのである。このことに気付かないと、インフェルノはまったくもって非現実的な映画、ロジックのない映画として批判の対象になる。ちなみにバヴァは水没した部屋の特殊効果は手掛けていない。

 インフェルノはアルジェントの作品のなかで、もっとも純粋で誠実な映画である。

各映画ガイドによるストーリー紹介

 各映画ガイドにおける作品紹介を比較する。短いコメント文でも、筆者の見解が分かれるのは興味深い。

ホラーの逆襲の紹介文

 「サスペリア」の続編的作品だが、魔女を描いたというだけでストーリー上のつながりはなし。ベルディのオペラ『ナブッコ』から、合唱「行け、思いよ、黄金の翼に乗って」を効果的に使い、荘厳な恐怖を演出。キース・エマーソンのソロ・デビューとなったサントラ・アルバムも話題になった。意味不明場画があり、難解と評されるが、そこがまた魅力。

ぴあシネマクラブの紹介文

 イタリア・ホラーの奇才アルジェントがアメリカで撮った作品。『三人の母』なる魔女について書かれた本にまつわる連続殺人事件を描いたショッカーだ。猫が人間を食いちぎったり、何100匹ものネズミに殺される老人など、アルジェントお得意の残酷描写が見もの。

全洋画の解説文

 失踪した建築家が書き記した古書“三人の母”をめぐってローマからニューヨークに展開する奇怪な殺人。現代の大都会に存在する魔女の館という設定もそこそこに、相も変わらず行き当たりばったりに展開されるショック・シーンや、脈絡なく描かれる登場人物たちなどアルジェントの持ち味が全くの裏目に出た怪作。キース・エマーソンの音楽が強烈な印象を残す。



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